視点を変えて見てみよう

日々のありふれたできごとを、ちょっと違う視点から見るのが大好きな二児の母の日記

寝坊して、スープジャーがあって良かったと心から思った話

ついにやってしまった…

 

毎日朝5時に起きているのに、

目覚まし時計の音に気づいたのが

6時。

 

なぜかその目覚まし時計は娘のもの。

私の枕下の目覚まし時計は鳴らなかった…

 

その日は月曜日でなので、

娘の学校の売店は休業日。

どうしてもお弁当が必要だ。

 

7時前に家を出る娘に

朝食を食べさせ、

お弁当を持たせる。

今、6時。

 

でも、助かった。

お弁当はいつもスープジャーだから。

 

スープジャーについて以前書いた記事はこちら↓

https://tamakidblog.hatenablog.com/entry/2019/01/17/155451

 

スープジャーがあると、

具材を切って、

調味料と水を入れ、

沸騰させたら

はい、できあがり。

 

それに、

冷凍庫にご飯があったのも良かった。

解凍して、かつおぶしと醤油で味付けし、

焼きおにぎりにした。

 

それにしても、

なぜ私の目覚まし時計は鳴らなかったのだろう?

 

どうやら、5時にセットしたつもりが6時になっていたのと、

音量が小さくなっていたのが原因のようだった。

 

「もっと、いい目覚まし時計はないかな?」

とネットで調べてみたら、

結構、便利そうなものがたくさんあってびっくり。

 

この際だから、目覚まし時計を新調することにした。

 

それが、これ。

【2019年新モデル】目覚まし時計 振動式(バイブレーション) デジタル 振動アラームクロック ブルブル・クラッシュ ADESSO(アデッソ) https://www.amazon.co.jp/dp/B07MVYB2NJ/ref=cm_sw_r_cp_api_i_eEDGCbHP4TZRM

 

枕下に置いて、

強力なバイブレーションで時間を知らせてくれるタイプ。

 

かなり強力にブルブルッと振動するので、

一緒に寝ている家族に気づかれるのでは?と思ったけれど、

意外に周囲に影響はない。

 

それから、アラームの時刻を2つ設定できるので、

平日と休日とで起きる時間を変えたいニーズにも対応可。

 

ついにやってしまった寝坊だけれど、

スープジャーに助けられたし、

よい目覚まし時計に巡り合えたし、

それに、

1時間いつもより長く睡眠時間が取れたせいか、

身体が朝からきびきび動いたことに我ながら驚いたのでありました。

 

やっぱり睡眠は大事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読み聞かせはまだ続く

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相変わらず、小三の息子に読み聞かせを毎晩している。

 

(読み聞かせについて以前書いたブログはこちら↓)

https://tamakidblog.hatenablog.com/entry/2018/07/15/065949

 

昨年の12月ごろからずっと読んできた『クマのプーさん プー横丁にたった家』を、最近ようやく読み終えることができた。

 

この400ページ弱の分厚さの本を2、3ヶ月かかって読み聞かせ終わったことは、私にとって実に感慨深い。

 

なぜならば、

この本は私が小学2年生の時にサンタさんからもらったのに、途中で挫折してそのままの本だったから。

 

そう、あまりに古い本なので、実はこんなにボロボロなのだ。

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今回、この本をもらってから数十年経ってようやく読み終えてわかったのだが、この本は小学2年生には難し過ぎる…

 

巻末には、「小学5、6年以上」と書いてある。

 

よっぽどの本好きでない限り、このボリュームの本を大人に読んでもらうのではなく子どもが自分で読むのはかなり難しいのではないかと私は思った。

 

それに内容も意外と難しい。

 

フクロがわざわざ難解なことばを使うところは、その難解なことばがいかにその場に不自然かが分かって初めて面白い。そもそも難解なことば自体を知らなければ面白いわけがない。

 

また、意味のないことを難しいことばを使ってダラダラ言い続ける場面が多いのだけれど、それも小さい子どもには面白さがわからないだろう。大人の世界ではあるあるで笑ってしまうのだが…

 

だから、読み聞かせがいいと思った。

 

「薄謝」という聞きなれないことばが出てきたときは、「ちょっとしたお礼のことね。」と説明した。

また、「そきし」は「きっと組織(そしき)の言い間違いだね。」とヒントを与えることができた。

 

そして、読み聞かせをした私はといえば、クリストファー・ロビンがさよならをしてしまう最終章で、こんな風に子ども時代を卒業していくのはなんて素敵なことだなんだろうと思った。

 

やはり、読み聞かせはまだ続きそうだ。

 

 

小学生男子にとってのバレンタインデー

最近、小学三年生の息子にとって、

気になってしかたのないことがあるらしい。

そう、バレンタインデーのことだ。

 

彼にとっては

もらえるか、もらえないか

が問題のようだ。

 

息子の話によると、

最近クラスの男子の間で、去年何個もらったかが話題になったそうだ。

 

そのとき、

たくさんもらった子、

すこしだけもらった子、

ひとつももらわなかった子、

それぞれにどんな表情で、どんな気持ちだったのか?

 

気になる。

 

そして、思った。

 

男子って、女子が思っているよりも

バレンタインデーのことをずっと気にしているんだ、と。

 

自分ではコントロール不可能なことに対して、

期待と不安が入り混じる感情。

 

この感情に

どう向き合うのか、

それとも向き合わないのか?

 

頑張れ!小学生男子!

 

 

 

 

 

 

子どもに体験させたいこと

子どもにはいろいろな体験をさせてあげたい。

 

けれど、冬は寒くてあまり出かける気持ちになれません…

 

でも!

スキーに行くのなら話は別。

 

普段の生活で雪を見ることがほとんどないので、

一面真っ白の雪景色を見るだけで大人の私もテンションが自然と上がります。

 

というわけで、先週、家族でスキーに行ってきました^ ^

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スキーをするだけでなく、

新幹線に乗ったり、

普段見ることのない雪景色を見たり、

その土地の食事を味わったり、

温泉に入ったり、

外国人の観光客に出会ったり・・・

とさまざまな体験をすることができました。

 

でも、

子どもにとっては意外なことが心に残ったようです。

 

帰りの電車の中で、息子が私に

「さっきのバスの中で、お隣のお兄さんに助けてもらったんだ…」

と嬉しそうに話してくれたのです。

 

 宿泊先から新幹線の駅まで送迎バスに乗ったのですが、

乗客が多くて私たち家族は皆、補助席に座ることになりました。

 

私は息子が補助席の座面を倒すのを見て、

学校の遠足で補助席使ったことあるのかな?と思い、

息子が座り終わるまで見届けることはせず、自分の座席に着きました。

 

ところが、息子は補助席の背もたれが2つに折りたたまれているのを知らずに短いまま座っていたのです。

そして、それに気づいた隣のお兄さんが背もたれを伸ばしてくれたのだそうです。

 

そんなことがあったとは全く知らなかった私は、

その話を聞いたとき、

「私がちゃんと見てやるべきだった…」と

一瞬ですが、とても反省しました。

 

でも、知らないお兄さんに親切にされてとても嬉しそうにしていた息子を見て、

「○○くんも、大きくなったらそんな親切なお兄さんになれるといいね!」という言葉が自然と出てきました。

 

何から何まですべて親が面倒を見ていたら、

こんなすてきな体験はできなかったかもしれません。

 

人とのすてきなかかわりを持つこと…

 

子どもにはそんな体験をこれからもたくさんしてほしいと思った今回のスキー旅行でした。

 

 

 

 

 

今年は物語をたくさん読みたい

今年は物語をたくさん読みたいと思っている。

 

年が明けてから読んだ物語は、

歌舞伎絵本 あらしのよるに (あらしのよるにシリーズ) https://www.amazon.co.jp/dp/4065130646/ref=cm_sw_r_cp_api_i_XyrsCbT40F6GN

 

軽装版 風と行く者 (軽装版 偕成社ポッシュ) https://www.amazon.co.jp/dp/4037502003/ref=cm_sw_r_cp_api_i_dArsCb37X0F3F

 

の2冊。

そして今は、

赤毛のアン (新装版) (講談社青い鳥文庫) https://www.amazon.co.jp/dp/4061487930/ref=cm_sw_r_cp_api_i_jBrsCbPH36RRE

を読んでいる。

 

今さら『赤毛のアン』?

と思われるかもしれないが、

昨年、NHK Eテレで放映された『100分de名著』で取り上げられて、大人にこそ読んでほしいと茂木健一郎さんが力説していたのがきっかけで読み始めた。

 

http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/81_anne/index.html

 

何を隠そう、実はこの名著を私はこの歳になるまで本で読んだことがなかった。

アニメやそれのダイジェスト版の絵本で、おおよそのストーリーは知っている。

でもやっぱりきちんと読んでみたいと思ったのだ。

 

読み始めてみると、子ども時代だったら自分がアンになったつもりで読み進めただろうけれども、大人になり子育てを経験した今では、登場する大人たちの立場に立って読んでいることに気づいた。

 

そして、アンを取り巻く大人たちの気持ちの変化が丁寧に描かれていることにも気づいた。

 

まだアンがグリーンゲイブルズに置いてもらえるようになった場面を読んでいるところなのに、もう『赤毛のアン』の魔法にかけられたみたい。

 

児童文学を大人の視点で読んでみるのはなかなか楽しいのではないか?

 

今年はアンのシリーズのほか、いろいろな物語を味わいたいと思っている。

スープジャーのお弁当始めてみました

先週からスープジャーのお弁当を始めてみました。

中学生の娘のお弁当です。

 

以前からスープジャーという汁物を保温できるお弁当箱があることは知っていました。

けれども、自分がスープジャーのお弁当を食べてみたことがないので、娘にそれを持たせることに躊躇していたのです。

それに加えて娘はとても猫舌。もしお弁当のスープが熱々で食べられなかったらどうしよう…とも思いました。

 

そんなこんなでしばらくスープジャーのことは忘れていたのですが、たまたま『スープジャーのお弁当』という本を読んでみたら、短時間で作れるし、何しろ寒い時期に温かいお弁当が食べられるのは魅力的に感じられたのです。

 

それがこの本。

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奥薗壽子のスープジャーのお弁当 手づくりスープはカラダにやさしい! https://www.amazon.co.jp/dp/4418133445/ref=cm_sw_r_cp_api_i_x9bqCbT8676NC

 

 

それに加えて、なんと近所のスーパーでサーモスのスープジャーがセールになっているではありませんか。

 

これは試してみるしかない!

と思って早速購入。

 

次の日からスープジャーのお弁当を娘に持たせることにしました。

 

ただ、300mlのスープジャーだけで足りるのかどうかわからなかったので、いつもより軽めのお弁当も追加。

 

結果は、スープジャーとおにぎりぐらいでちょうど良いとのこと。

そして気になる温度は、猫舌の娘にもちょうど良いぐらいの温かさだったということです。

 

それからは、スープジャーに小さめのおにぎり2個とみかんが定番になりました。

 

今まで作ったスープは、

えのき入りかき玉スープ

生姜と玉ねぎのとろとろスープ

大根の味噌おじや

ブロッコリーのミルクスープ

鶏団子としめじのスープ

豚汁

です。

 

今は前出の本を参考にメニューを決めていますが、そのうち自分でアレンジしていろいろ作ってみたいと思っています。

 

私が中高生のとき、こんなお弁当箱があったら…

今の子どもたちが羨ましい…

 

そして、自分に経験がないからというだけで避けてしまうのは、実にもったいないなあと思ったのでありました。

 

 

 

 

 

美術作品を鑑賞して思ったこと

先日、東京ステーションギャラリーの企画展「吉村芳生 超絶技巧を超えて」を家族で観に行きました。

 

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http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201811_yoshimura.html

 

展示されていた作品は、どれも鉛筆や色鉛筆というどの家庭にもある身近な道具で描かれたもの。それがまるで写真のようにリアル。

 

ちなみに上の写真の作品は、新聞紙の上に鉛筆で自画像を描いているように見えますが、実は新聞紙も手書きです。

 

今回は、たまたま友人のフェイスブックの投稿を見たのをきっかけに、色鉛筆で絵を描くのが好きな娘に観せたくて、この企画展に行くことにしました。

 

そういうわけで、私自身は美術鑑賞にはあまり関心がないのが正直なところ。

 

だから、素晴らしい作品を目の前にしても、どこをどう観てよいのかよく分かりません。ただなんとなく眺めてしまいます。

 

でも、よく美術作品は自由に観てよい、と言います。感想は人それぞれだと。

 

そこで帰宅後に、コーチングを学んでいる子育て中の母として、頭の中で鑑賞し直してみることにしました。

 

まず頭に浮かんだことは、今日観た作品は人が描いているからこそ「すごい!」と感じたことです。写真みたいで写真ではない。そこに驚いたのです。

 

もしこれらの作品が絵ではなく写真だったら、こんなに感動するだろうか?

 

たぶん、ここまで感動しないんじゃないか。

 

だったら私は何に感動しているんだろう?

 

それは、作者のGRIT つまり「やりぬく力」、それと身近なものを切り取る力なんじゃないか。

 

畳何畳分もある作品を色鉛筆で仕上げる根気。一体、作品を完成させるまでどのくらいの時間をかけたのだろう。

 

新聞紙の上に自画像を描くという発想。

 

普通は背景にあってもないことにされてしまう金網に焦点を当てて、それだけを延々と描くという発想。

 

そんな目に見えないことに感動したんじゃないか。

 

たぶん、写真だったらこんな風には思わないはず。

 

人の目って、見えないことも見えるんだと思えてくる。

 

そう考えると、子どもたちのことも、目に映るところだけでなく、そうでないところも見ようと思えば見えるんだと思えてくる。

 

工作やってゴミを散らかしっぱなし!という面もあるけど、こんなモノを作ろうっていう発想がいいな!とか、

 

学校の宿題やらずに、漫画ばかり読んで!という面もあるけど、実は内容的に素晴らしい物語を鑑賞しているんだ…とか。

 

どうやら私も私なりの鑑賞ができたようです。